シュアールグループ代表の大木洵人氏のインタビュー(後編)。遠隔手話通訳は、筆談や対面手話通訳の限界を打ち破ります。
【まとめ】
☆医療現場では筆談だけでは不足。手話通訳者の同伴には、緊急性、コスト、プライバシーなどの限界も。
☆遠隔手話通訳は、患者のプライバシーを守る選択肢でもある。不動産、保険、金融などの分野でも。
☆原点は、聴覚障がい者向けの娯楽づくり。聴覚障がい者が豊かな暮らしや夢を諦めずに済む社会を。
シュアールグループ代表の大木洵人氏インタビューの後編。ナビタスクリニックでは、国内の医療機関で初めて、株式会社シュアールの開発した遠隔手話通訳※を採用しています。前編(こちら)では、10年前に大学生での起業に至った大木氏の体験と問題意識を伺いました。後編では、医療機関への遠隔手話通訳の普及への思いと、その先に描く社会について伺います。
※遠隔手話通訳とは、タブレット端末やパソコン、スマートフォンを利用し、遠隔地からテレビ電話で行う手話通訳サービス。
――(医療機関への遠隔手話通訳の普及に努めたいとのことですが、)診察の際、筆談では足りないのでしょうか?
ご想像いただけると思いますが、書くという作業は喋ることの何倍も時間と労力を要しますし、結果として細かい事柄や微妙なニュアンスは省略されがちです。手話通訳同伴で受診するのが最もよいと思われるでしょうが、問題はいくつもあります。まず、緊急時には無理だということ。また、同伴できたとしても、費用がかさむこと。そして、プライバシーの問題です。
――たしかに「人を雇う」のですから、治療費以上にかかってしまいそうです。
その通りです。場合によっては、数分の診察のために、往復の時間込みで何時間分も支払わなければなりません。それを患者さんが毎回雇う、というのは無理があるでしょう。遠隔手話通訳であれば、診察時間分だけで済みますし、緊急時にも対応できます。
時々、「対面手話通訳よりもやりづらい」との苦情をいただくこともありますが、そこはご理解いただくしかない。手話でなくても、実際に人と向き合って喋るのと、電話やビデオ通話をするのでは、当然違いがあります。実際会うのには時間もコストもかかります。電話やビデオ通話は、対面コミュニケーションより情報量が落ちるのは否めませんが、代わりに距離を超え、時間と費用を節約できます。
――プライバシーの問題も、遠隔手話通訳で解決できるのですか?
はい。手話通訳は、自然と毎回同じ人に頼むことが多くなります。地元の人などで、同じコミュニティに属していることもあります。そのほうがお互いに意思の疎通が図りやすい面もありますが、知り合いになってしまうと、かえって知られたくないことも出てくるのです。
例えば、がんの告知です。知られたくない、というのもありますし、そもそも通訳という性質上、本人より先に知り合いが、医師からその事実を知ってしまうことになります。それはどうなのか。そこに本人の自己決定はありません。今は選択肢さえないのです。選択肢を増やし、選択の自由を確保すべきと考えています。
――そうすると、医療に限った話ではなさそうですが。
まさにその通りで、不動産や金融、保険などの分野でも、聴覚障がいの方々は同じ問題を抱えています。「資産がどれくらいあるか」「いくらくらいのどんな保険に入っているか」「どんな持病があるか」など、いずれも高度にプライバシーが関わる問題ですし、口頭で細かいやり取りをした方が分かりやすい分野です。
それなのに、企業側との間に入ってもらう手話通訳に関して、ほとんど選択の自由がないのです。健常者の方々には無縁の問題ですから、そうした問題があること自体、ほとんど知られていません。
――欠如している分だけ需要はある、とも言えそうですね。さて、シュアールグループでは、遠隔手話通話以外にどのような事業を展開されていますか?
株式会社シュアールでは、手話のキーボードを使ったオンライン手話辞典を開発しました。手話キーボードを使って手話から日本語が調べられるもので、Wikipedia同様、ユーザー参加型の事典になっています。
NPO法人シュアールでは、手話TVや、聴覚障がい者が手話で学ぶカルチャースクールを運営しています。聴覚障がい者向けの娯楽コンテンツづくりこそ、実は起業前からの取り組みであり、シュアールの原点でもあります。
――先に伺った動画制作などですね。(前編はこちら)
はい。大学で手話サークルを始めて半年くらいの頃、大学の先輩である一青窈さんに声をかけていただき、紅白歌合戦で手話バックコーラスの制作、指導、出演を行いました。その反響が予想以上に大きく、聴覚障がいの方々には娯楽コンテンツが少ない現状と需要を知りました。
そうした原点を忘れずに、今も活動を続けています。聴覚障がいの方が、より豊かな暮らしや夢をあきらめずに済む、そんな社会を作っていけたらと思っています。
【完】
大木洵人(おおき・じゅんと)
1987/06/15生まれ
群馬県高崎市出身
シュアールグループ 共同創業者・代表
手話通訳士
アショカ・フェロー
世界経済フォーラム グローバルシェイパー
スポールブール日本代表選手(2014年10月選出)
慶應義塾大学環境情報学部卒
(大木洵人公式サイトより)