ナビタスクリニックに遠隔手話サービスを提供している、シュアールグループ代表・大木洵人氏のインタビューです(前編)。
【まとめ】
★遠隔手話通話サービス、発案のきっかけは電車の遅延トラブルだった!
★手話は世界中で使われている言語。でも外国語と違って、「使わないで生きる」という選択の自由は、聴覚障がい(ろう)者にはない、という現実。
★車椅子でも利用できるユニバーサルトイレが普及してきたように、遠隔手話通話も社会インフラとして整備を!
ナビタスクリニックでは、国内の医療機関で初めて、株式会社シュアールの開発した遠隔手話通訳を採用しています。遠隔手話通訳とは、タブレット端末やパソコン、スマートフォンを利用し、遠隔地からテレビ電話で行う手話通訳サービスです。
株式会社シュアールを立ち上げたのは、当時大学生だった大木洵人氏。手話に興味を持った一人の学生から始まった取り組みが、手話とITを組み合わせた様々なサービスに発展してきました。
シュアールグループ代表の大木洵人氏に、お話を伺いました。
――遠隔手話通訳サービスを開発したきっかけを教えてください。
2008年に会社を立ち上げる前、私は聴覚障がい者向けの娯楽コンテンツを作っていました。公民館で知り合った聴覚がい害の友人と、街中で動画を撮り、ホームページで公開していたんです。今でいうユーチューバーのはしりのような感じです。内容は、「ブラタモリ」とか「ちい散歩」の手話版、といったところでした。
そうやって彼と行動を共にする中で、聴覚障がい者が安全に社会生活を営むためのインフラが整っていない現状を痛感しました。
――具体的には、どんな経験をされたのでしょうか?
例えば、動画を撮りに電車で出かけた時のことです。
今とは違ってスマホもまだほとんど普及していませんでしたから、聴覚障がいの友人は、自宅のパソコンで経路を検索してプリントアウトし、待ち合わせ駅に向かっていました。私は別の路線から先に到着していたのですが、構内アナウンスで、彼の乗って来る路線で事故があったことを知りました。おそらく各駅の構内や電車内で振り替え輸送のアナウンスが行われていたはずですが、彼には聞こえません。
状況把握もままならない彼からのメールを受けた私は、近くの駅員の方に迂回路を聞き出し、彼に返信をしました。ところがその時点で彼は別の電車に乗ってしまっていたのです。
――不便というだけでなく、いざという時に不安ですね。
私も大変心配しましたが、本人の不安はそれ以上だったと思います。スマホがなくビデオ通話も普及していなかったので、聴覚障がいの方は緊急電話にも困る状況でした。
緊急時のコミュニケーションなどについて、しばしば手話は外国語と同じように捉えられます。たしかに日本にいる多国籍の方々に向け、様々な言語での対応を可能にしていくことは各所で求められています。また、私も自分が手話を始めた当初は、外国語を習うような感覚が強かったですし、実際、手話は米国でも中国語に次いで4番目に多く使われている言語でもあります。
でも、絶対的に違うのは、選択の自由、という観点です。日本にいる外国人の方々は、究極的には自らの選択の結果として日本にいます。気が向けば、あるいはなんとか手を尽くせば、母国に帰ることも不可能でありません。それに対し、聴覚障がい(ろう)の方々には「日本語を聞き話すようになる」という選択肢は、努力しても得られません。
これだけ目覚ましい発達を遂げている情報テクノロジーを、聴覚障がい者と健常者のコミュニケーション・ギャップの解消に活かすべきでは、と思いました。
――そうして開発された手話通訳サービスを、社会インフラとして整備していきたい、と。
はい。たしかにその費用は最終的に、電車であれば運賃に、ショッピングセンターであれば価格に、公共施設だったら利用料や税金に跳ね返ってくるでしょう。でも、今は公共の場やショッピングセンターなどに、車椅子対応の「多目的トイレ」が普及しています。点字ブロックもいたる所に敷かれています。そういったものを、利用者自身が費用負担して設置するのは、ちょっと違いますよね。だったら、手話通訳も、適切な形で社会インフラに組み込まれていいと思うんです。
――実現の状況と今後の展望を教えてください。
シュアールの遠隔手話通訳サービスは現在、JR山手線の全インフォメーションセンターで提供させていただいています。その他、花王(株)・ニベア花王では、電話での問い合わせや相談ができない聴覚障がい者のお客様向けに窓口を開設しています。弊社の遠隔手話通訳が、客様と消費者相談室の間で、コミュニケーションのお手伝いをさせていただいています。
今後、普及を図りたいのは、医療機関です。実は、遠隔手話通訳も元々は医療機関での普及を念頭に開発されたものです。結果的には交通機関やメーカーさんのご利用が先行していますが、医療機関からのお問い合わせも増え始めています。
――診察の際、筆談では足りないのでしょうか?
(次回に続く)
大木洵人(おおき・じゅんと)
1987/06/15生まれ
群馬県高崎市出身
シュアールグループ 共同創業者・代表
手話通訳士
アショカ・フェロー
世界経済フォーラム グローバルシェイパー
スポールブール日本代表選手(2014年10月選出)
慶應義塾大学環境情報学部卒
(大木洵人公式サイトより)