マスクで拡散を防げる飛沫感染や、手洗いが重要な接触感染に加え、第3の感染経路に関心が高まりつつあります。
【まとめ】
☆飛沫感染と接触感染が中心とされてきた新型コロナウイルス。一方、エアロゾル感染は話題になりつつも不明なままでした。
☆世界239人の科学者たちが、エアロゾル感染に注目すべきとの意見書を発表。WHOも見解を改め、議論・評価中としました。
☆少しずつ集まり始めたエアロゾル感染のエビデンス。エアロゾル感染から身を守るには?
米国『Time』誌は8月25日、「新型コロナウイルスはエアロゾルを介して感染します。十分な証拠があります。今こそ行動する時です」(COVID-19 Is Transmitted Through Aerosols. We Have Enough Evidence, Now It Is Time to Act)というタイトルの記事を掲載しました。寄稿したのは、コロラド大学ボールダー校・環境科学研究所のホセ・ルイス・ヒメネス教授です。
ヒメネス教授は、記事で「エアロゾル感染の証拠は他の経路よりも強力で、現在のパンデミックをコントロール下に置きたいなら、役人たちはもっとこの現実を積極的に伝えていく必要があります」としています。
WHOの見解等を併せて考えると、結論としては、まだエアロゾル感染に関する科学的コンセンサスが確立されたとは言えません。しかし、少しずつエビデンスが集まる中で、当初は「粒の大きな飛沫感染や、接触感染がほとんど」とされてきた感染経路への認識に、少しずつ変化が生じてきています。
(AFP 通信)
今回は、このヒメネス教授による指摘やWHOの見解(7月9日付)などをもとに、エアロゾル感染の世界的な認識の変化についてまとめます。
本当に飛沫感染と接触感染が、感染経路の“王道”? ゆらぎつつある常識。
記事の中でヒメネス教授は、「新型コロナウイルスの感染経路は3つあり、うち2つはWHOとCDCによって強調されてきました」としています。2つとは、飛沫(しぶき)感染と接触感染です。
1つ目の「飛沫感染」は、感染者が咳やくしゃみをした時、あるいは大声で話したり歌ったり、叫んだりした時に放出されるしぶき(飛沫)や、唾液や粘液などの粒が、非感染者の粘膜に付き、感染がおきるもの。教授の指摘通り、WHOとCDCは、飛沫感染を新型コロナウイルスの主たる感染経路としてきました。
(tweet by WHO, 2020年3月28日)
しかしヒメネス教授は記事で、飛沫の粒の大きさが重要であることを指摘。
「しぶきは空中を飛んでいきますが、1~2mで地面に落下します。こうした唾液や粘液の比較的大きな粒は、咳やくしゃみのように勢いよく飛散する場合にのみ問題になることが分かってきました。最新の研究では、近距離で話をする場合には、むしろエアロゾル(後述)の方が問題になることが示されています」
(Time)
2つ目の「接触感染」は、ウイルスの付着した物を触り、その手で自分の目や口、鼻の粘膜に触れて感染が起きるものです。しかしこれについても、
「CDCは、接触感染を感染経路として想定していますが、とても主たる経路には見えません」
と、ヒメネス教授。
「例えば、英国での手洗い重点プログラムでは、16%しか感染が減りませんでした。というのも、そもそもコロナなど脂質の膜(エンベロープ)を持つウイルスは、人間の手の皮膚の上では長く生きられないからです。つまり、新型コロナウイルスへの感染が成立するには、汚染物の表面に触れてからすぐ目、鼻、または口に触れる必要がある、ということです」
明確な医学的定義がなく曖昧にされてきた「エアロゾル感染」・・・
そこで、新型コロナウイルスの第3の感染経路として「エアロゾル感染」を重視すべき、とヒメネス教授は主張します。エアロゾルは、5㎛(マイクロメートル、1㎛=0.001㎜)ほどの唾液や体液の微細な粒で、霧のように空気中を漂うことができます。ただし、医学的に定義された言葉ではなく、粒子の大きさも明確に決まっていません。
「新型コロナウイルスの直径はわずか0.1㎛であるため、エアロゾル中にはウイルスが十分に入る余地があります」
と、ヒメネス教授。

(shutterstock/MIA Studio)
「タバコを想像してみてください。喫煙者の近くにいると、大量の煙を吸い込みます。同じように、エアロゾルを放出する人に近いほど、大量のウイルスを吸い込む可能性が高くなります。研究からは、個人が近接して話す時、唾のしぶきの影響はほとんど無視でき、むしろエアロゾルからの感染が中心だと分かっています」
「例えば結核も、何十年もの間、しぶき(飛沫)と接触によって感染すると考えられていました。しかし、研究によって、エアロゾルを介してのみ伝染することが明らかになっています」

(CDC)
エアロゾル感染については、今年2月の段階で、上海市民政局が「エアロゾル感染の可能性がある」としたものの、その後、中国側の見解が定まらず情報が錯綜しました。(朝日新聞)
国内でも当時、厚労省担当者は、「『エアロゾル感染』を空気感染の一種とする説もあれば、飛沫感染の一種だとする説もある。科学的に解明されていない部分も多く、かなり曖昧な用語だ」「(エアロゾル感染を予防する装備が空気感染と同一のため、)医療従事者の多くは、エアロゾル感染=空気感染だと考えているだろう」と、消極的な見解を示していました。(日経ビジネス)
現実的には、エアロゾルの粒子の大きさが一定とは言えないこともあり、飛沫感染の一種として対策が議論されてきました。
世界の科学者239人が「エアロゾル感染に今こそ目を向ける時」と意見書を発表。
その後、エアロゾル感染については表立った議論がないままでしたが、動きがあったのは今年7月。ヒメネス教授を含む世界の科学者239人が、「今こそ新型コロナウイルスのエアロゾル感染に目を向ける時」(It is Time to Address Airborne Transmission of COVID-19)と題した共同意見書を発表したのです。

(AFP通信)
豪クイーンズランド工科大学のリディア・モラウスカ教授を筆頭に、WHOなどに対し、新型コロナウイルスのエアロゾル感染の可能性を認識し、感染防止策を見直すよう訴えました。(AFPBB News)
意見書では、わずか5㎛の微細なエアロゾル粒子が、空気中を数十m移動できることが示されています。空中を漂う5㎛未満の粒子からもウイルスは検出され、感染性が保たれている、との報告もあります。感染者から1~2mの距離を保ったとしても感染リスクにさらされることは、「合理的疑いの余地がない」というのです。
そのため、「手洗いやソーシャル・ディスタンスの確保は適切」としながらも、「空中に放出されたウイルスを含むエアロゾルから人々を守るには、それでは不十分」と断言しています。
WHOはいまだ「議論・評価の段階」とするも、集まりつつあるエビデンス。
この動きを受け、WHOは感染予防に関する概要を、以下のように更新。いまだ議論と評価の最中にあるとしつつも、徐々にエアロゾル感染を示すエビデンスが集まり始めているようです。
(BBC)
●空気感染とは、感染性物質を含む飛沫核(エアロゾル)の長時間・広範な拡散によって引き起こされる感染を言う。
●換気の悪い室内などでエアロゾル感染が生じるかどうか、WHOは科学者と議論・評価を進めている。
●大量の飛沫の蒸発や、通常の会話や呼吸でも、エアロゾルが発生し感染を引き起こしうるが、量的な条件は不明。
●人工的なエアロゾルを含む空気の中で、新型コロナウイルスは最長3ないし16時間生存。複製能力あるウイルスも検出された。

(shutterstock/MIA Studio)
●複数の新型コロナ受け入れ医療機関で、空気中から新型コロナウイルスの遺伝子を確認。
●医療用マスク含め、適切な飛沫・接触感染予防を実施した医療現場では、院内感染は見られなかった。
●合唱練習、レストラン、フィットネスクラブで、エアロゾル感染と飛沫感染の両方の可能性を示唆した報告がある。
マスクの背後がハイリスク!? これまで通りの対策 + 換気をいっそう意識して。
先の意見書では、3つのエアロゾル対策を推奨しています。
✅屋内では換気を十分に行う(特に、公共の建物、職場、学校、病院、介護施設)
✅局所的な換気装置や、高効率の空気清浄(エアフィルター)、紫外線ランプなどを導入する
✅建物内や公共交通機関の混雑を避ける
ヒメネス教授は、「屋外活動は室内の20倍安全」とした上で、意見書にある換気や空気清浄についてさらに掘り下げています。
●窓を開けたり換気装置を調整したりすることで、入れ替えられる空気の量を増やす必要がある。⇒デルフト工科大学(オランダ)による動画
●暖房、換気、空調システムとエアフィルターの使用により、空中の新型コロナウイルスの濃度が低下し、エアロゾル感染のリスクが軽減される(アメリカ暖房冷凍空調学会)
●手頃な価格のCO2測定器を使って換気率を定量的に計測し、優先すべき公共スペース(ウイルス拡散の可能性×換気の悪さ×使用頻度の高さ)を特定するべき。
●空気清浄(エアフィルター)は万能ではない。米国の合唱団リハーサルでの集団感染かでのシミュレーションでも、大掛かりな空気清浄によっても感染率は半分にしかならない。
●紫外線ランプによる消毒も状況次第では役に立つが、換気や空気清浄が機能しない場合に限られる。
また、マスクの装着についても強調しています。ぴったりと装着することで、エアロゾロルが漏れ出るのを大幅に減らせることから、そのサイズと着け方が重要であることを指摘しています。(デルフト工科大学の動画では、隙間のあいた状態でマスクを着けている人の後ろに立つことがハイリスクであることも示されています)
市民一人ひとりの心がけとして、ヒメネス教授は「A CIViC DUTY」と名付けた対策を提唱します。つまり、「Avoid Crowding, Indoors, low Ventilation, Close proximity, long Duration, Unmasked, Talking/singing/Yelling」。混雑、室内、低換気、近接、長時間、マスクなし、の条件で、話す・歌う・叫ぶことを避ける、というものです。
エアロゾル感染についても、対策の基本はこれまで言われてきた予防策と大きく変わらないとも言えます。ただ、これまで以上に、換気や屋外活動の重要性が見直されそうです。引き続き3密の回避も心がけていくようにしましょう。
(トップ画像:デルフト工科大学動画より)