抗体がつかない、抗体が消える…新型コロナは何度もかかるの?集団免疫は不可能?という不安の中、希望も見えています。
【まとめ】
☆陽性者は再感染リスクが低いとされる新型コロナ抗体(IgG)。しかし、「かかったのに陰性」「消えてしまう」との報告も。
☆スウェーデンの研究所によれば、「抗体陽性者の約2倍の人」「健康な献血者の3割」がT細胞による免疫を有していたとのこと。
☆T細胞による免疫反応とは? 「T細胞免疫検査」は非現実的? これを踏まえて抗体検査の意義を再考。
7月13日、新型コロナウイルスに関するショッキングな研究結果(未査読)がまた1つ、英国から報じられました。「新型コロナウイルスに対する抗体は、数カ月しか持続しない可能性」というものです。

(Shutterstock/ ustas7777777)
ナビタスクリニックでも検査を実施してきた新型コロナウイルスのIgG抗体は、各ウイルスに特化した武器として体が作り出すタンパク質。英ロンドン大学キングスカレッジ率いる研究チームは、患者90人以上の新型コロナウイルス感染者(医療従事者含む)の血中の抗体レベルを測定しました。
その結果、当初は60%の人が強力な抗体を獲得していました。ところが、発症から約3週間でピークに達していた抗体レベルは、その後、急速に低下。約3カ月後に高い抗体レベルを維持できていた人たちは、わずか16.7%でした。人によっては、抗体が全く検出されなくなっていました。一方で、症状の重かった人ほど、抗体レベルの高い状態が長く維持されることも分かりました。
今回の研究結果は、新型コロナ抗体が「できない」「消える」といった、これまでに複数報告されているキニナル報告とも整合するものです。
「集団免疫」は幻想なの? 相次ぐ「抗体できておらず」「抗体が消えた」との報告。
「新型コロナウイルスにかかっても、一部の患者では全く抗体ができない」という可能性を示す論文(プレプリント=未査読)が最初に報告されたのは今年3月30日、上海の復旦大学からでした。175人の軽~中程度の新型コロナウイルス患者について回復後にIgG抗体の有無を調べたところ、10人からは全く検出できなかったというのです。
この10人は、咳や鼻づまり、寒気、筋肉痛、胸の痛みなどの症状はありましたが、38.5度を超えて発熱した人は1人もおらず、9人は40歳以下でした。
厳密に言うと、血中の抗体は「有るか無いか」ではありません。抗体が作られ始めると、通常は発症から10日から15日後に検出できるようになりますが、その産生レベルは人によって様々です。この論文の調査では、中年~高齢(40歳以上)の回復患者は、より高い抗体レベルを有していることも分かりました。ただし、入院期間に差はありませんでした。
さらに、抗体の“消失”を示す論文も、これまでに複数発表されています。
6月18日、重慶医科大学などの研究チームから、「新型コロナウイルスの抗体は2~3カ月で激減する」という論文が発表されました。感染後3~4週間で80%の人からIgG抗体が確認されたにもかかわらず、退院から8週間後、症状があった人の96.8%、無症状者の93.3%で、抗体レベルが低下してしまったのです。
急性期(acute phase)と回復期(convalescent phase)の
感染者のIgG抗体レベルの変化
(論文Fig. 3c )
asymptomac=無症状、symtomatic=症状あり、ともに37人ずつ
抗体消失については、つい最近もスペインの国立疫学センターから、世界的医学誌「The Lancet」に報告がありました。研究では、6万人超に対し、3カ月で3回のIgG抗体検査が実施されました。その中で、1回目の検査で陽性だった人のうち、2回目には7%が陰性に、3回目には14%が陰性となったのです。
体を新型コロナウイルスから守るべき抗体ができない、消えてしまう、という話は、残念ながら科学的事実と言えそうです。となると、「集団免疫」なんて不可能では?と思えるかもしれません
「T細胞による免疫が働いている」――スウェーデンから朗報! 抗体保有者の2倍の人に免疫?
集団免疫とは、人口の一定割合の人が特定のウイルスに感染して免疫を得ることで、感染拡大が封じ込められる、という考え方です。新型コロナウイルスでは、50~75%、少なくとも6割は必要ではと言われてきましたが、6月23日には「43%で達成できる可能性がある」とする論文も、3大科学誌の1つ「Science」に発表されています。
これに対し、現在までに世界各地で報告されている抗体保有率は、米ニューヨーク州13%前後(ニューヨーク市20%超)、スウェーデン全土6.1%(ストックホルム14%程度)、スペイン全土5.2%、など。いずれにしても遠く及ばない数字です。
しかし、集団免疫は抗体のみによって達成されるとは限りません。先のスペインの論文の筆頭執筆者も、「抗体を検出できなくても、免疫で防御されていないわけではありません」と説明しています(「El Pais」紙)。
その担い手が、免疫細胞のひとつである「T細胞」です。
(shutterstcok/fusebulb)
6月29日には、スウェーデンのカロリンスカ研究所から、期待の持てる報告(論文はこちら、未査読)が出ています。「抗体陽性でない感染者でも、T細胞による免疫が示された」というものです。
同研究チームは、国内の203人の軽症~無症状の新型コロナウイルス感染者について調査。その結果、新型コロナウイルスの特徴を記憶し攻撃する免疫細胞(T細胞、リンパ球の一種)が、抗体の有無にかかわらず確認されたのです。
研究は、2020年5月の時点で、被験者のおよそ30%が新型コロナウイルスに特異的なT細胞性免疫を獲得していることを示しました。抗体保有率よりもはるかに高い数値です。ストックホルムで考えれば、抗体保有者の概ね2倍の人にT細胞免疫が働いていることを示唆しています。
T細胞による免疫システムとは。「T細胞免疫検査」は実用化できる? 抗体検査の意義とは?
T細胞による免疫…初めて聞いた人もいるかもしれません。どういうものでしょうか?
私たちの免疫システムは、基本的に2段構えで成り立っています。1つ目は「自然免疫」。白血球のうち自然免疫を担うものが常に体内を巡回していて、異物や外敵が侵入すると真っ先にのみ込んだり破壊したりして排除に動きます。2つ目が「獲得免疫」で、リンパ球の一種であるB細胞やT細胞が担います。
B細胞やT細胞は、前に侵入してきた外敵を覚えているのが特徴。再び侵入してくると、その特徴をとらえて気づき、B細胞は抗体を作り、キラーT細胞は直接攻撃を加えます。
今回のスウェーデンの研究は、このT細胞による記憶と攻撃を示すもの。
(shuttrestcok/royaltystockphoto.com)
実際、上記カロリンスカ研究所の論文によれば、2003年に世界流行したSARS等でも、T細胞性の免疫が感染後何年も持続したと言います。また、マウス実験では、ワクチンによってT細胞免疫を誘発したところ、抗体がなくても、SARSに対する感染防御力が得られたそうです。
新型コロナウイルスでも、抗体はできていなくても、キラーT細胞による免疫システムが働いていると見られます。であれば、集団免疫や、ワクチンによる防御の可能性が消えたわけではないようです。
ただし、T細胞による免疫の仕組みは非常に複雑で、その分析は高度に専門的なため、「T細胞免疫検査」といったものが一般に実用化されることは望めそうにありません。
さて、そこで改めて問われるのが、抗体検査の意義です。
確かに、抗体の効力は数カ月間にとどまるかもしれません。また、抗体の産生は絶対ではないようです。一方で、抗体陽性が確認できれば、少なくとも一定期間は再感染の心配がないと考えられる点に変わりはありません。また、抗体検査は簡便で安全なため、多くの人が手軽に実施できます。
以上を踏まえると、集団免疫の指標として抗体検査のみに基づくことは間違いのもとですが、「期限付き免疫パスポート」など、個人やグループごとに抗体検査は十分活用できると考えられます。
新型コロナウイルスはなかなか手強く、決して油断できる相手ではありませんが、ヒトの免疫システムもあの手この手で対抗しています。私たちの社会も、抗体検査などのツールを取り入れながら、あの手この手で、生命と経済社会を守る道を探していくことになりそうです。
(トップ画像:shutterstock/Christoph Burgstedt)