性教育と避妊法へのアクセス改善のために活動する、研修医の中村葵氏の講演レポート、後編です。
【まとめ】
☆海外に比べ避妊方法の普及が遅れている日本。主に男性用コンドームと膣外射精という愕然とする調査結果も。
☆高額で入手しづらいアフターピル。市販化を求める署名は3万筆超。オンライン診療も現場のニーズとかけ離れた制約が…。
☆会場から、オンライン診療指針の検討会メンバーに女性が立った一人、との指摘。女性の権利に関わる問題、状況打開への道は?
※前編「予定外妊娠は61万件!」はこちら。
避妊法の普及が大幅に遅れる“途上国”の日本。アフターピルOTC化署名は3万筆超に。
学生時代の経験をきっかけに、避妊法の普及に向けた活動を続けている中村さん。
「日本は非常に避妊法の普及が遅れています。日本では避妊法と言えばコンドーム、さらに低用量ピルやIUD/IUSくらいです。この3種類なら、スウェーデンのユースクリニックでは無償配布されているレベルです」
(中村さん提供)
「それどころか調査によれば、日本での実際の避妊法は、主に男性用コンドームと膣外射精の2つなんです。膣外射精は近代的避妊法とは言えないので、実質的にはコンドームだけです。低用量ピル服用率も3~4%、IUD/IUSに関しては1%未満です。この数字だけ見ても、日本が避妊において“途上国”であることがわかります」
「他方、海外では、インプラントや注射、パッチなど様々な方法が普及しています」
(中村さん提供)
アフターピル(緊急避妊薬)の入手ハードルの高さも、“避妊途上国”を象徴しています。日本では薬局ではアフターピルは入手できず、医療機関を受診して処方箋が必要。費用も診察代と合わせて1万円程度かかり、必要な人が必要な時に入手するのを躊躇させる理由にもなっています。
アフターピル難民の方々への救済策であるはずのオンライン診療についても、利用できるケースを制限し、服用3週間後の対面診療を求めるなど、現場のニーズからかけ離れた条件や制約が課されようとしています。
「ピルコンでアフターピルのOTC(市販)化を求める署名をしたところ、現在までに3万筆以上が集まりました。皆さん、人目が気になって産婦人科を受診しづらい、仕事があって行かれない、土日祝日に医療機関が開いていない、ということを訴えていらっしゃいます」と中村さん。
一方、「『なんでないのプロジェクト』(日本の避妊法の選択肢不足について政策提言を行っている団体)の調査でも、アフターピルは19カ国でOTC化しており、主な先進国でも病院や専用施設で入手しても無料~3000円程度で済むものになっています」
(中村さん提供)
WHOの勧告でも、「意図しない妊娠のリスクを抱えたすべての女性および少女には、緊急避妊にアクセスする権利があり、緊急避妊の複数の手段は国内のあらゆる家族計画プログラムに常に含まれねばならない」とされています。
実際、中村さんのスウェーデン視察でも、「カワイイおしゃれな薬局に必ずアフターピルがおいてあり、薬剤師さんと医学生が販売を担当し、きっちり説明もしてくれました。価格は3000円くらいでした」
(中村さん提供)
日ごろからの避妊の重要性と、様々な避妊方法の存在を「知ってもらいたい」
中村さんはスウェーデン視察を経て、アフターピルOTC化を含む避妊方法へのアクセス改善のために活動を続けていく決意を新たにしたそうです。
「まずは、日ごろからの避妊の重要性を広めていきたい。適切かつアクセスできる避妊方法の存在を知ってもらうこと。そのうえで、オンラインなどを通じてでも、その処方にたどり着くこと。さらに、避妊方法を使っている方々へのサポートや情報提供のためのコミュニティが必要だと思っています。
具体的にどう実現させるかについてはまだ試行錯誤している最中なので、ぜひ皆さんからご意見ご提案いただきたい」とまとめました。
これに対し、会場からも中村さんへのアドバイスが相次ぎました。公益財団法人ときわ会顧問の土屋了介氏は、自身の経験から中学生への教育について提案しました。
「HPVワクチンが出た当時、私は国立がんセンター中央病院の病院長でした。子宮頸がん予防の啓発のため、上先生の紹介で、女子校である大妻嵐山中学・高等学校の高2生に90分授業を行いました。
子宮頸がん、HPVワクチン、さらに子宮頸がん患者さんの話をしました。質問にもマイクの前に5~6人の生徒が並び、その質問内容も学会でも聞かれるようなかなりしっかりしたものでした。みんな自分のこととしてとらえていたのです。
校長先生が感激して、次は中学生への授業を依頼され、1か月後に中学生全員を集めて50分授業を行いました。中学生でも自分の問題として真剣に耳を傾け、考えていることを、皆さんつたない言葉ではありましたが伝えてくれました。中学生でももう、それだけの能力があるんです。ですから中学生への教育もぜひしっかりやってください」
(土屋了介氏、日経xTECH)
女性の権利を決める審議会に女性メンバーが皆無(!)。まず取り組むべきは・・・?
また、日本医療法人協会「現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会」委員長などを歴任した、坂根Mクリニック・坂根みち子院長は、アフターピルのオンライン診療の指針などを検討する国の審議会・検討会の問題を指摘。
「(アフターピルのオンライン診療や市販化に向けて)決定的に今足りないのは、それを決める審議会・検討会のメンバーです。『オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会』のメンバーに、女性医師は一人もいない。たったひとり、医師じゃない女性が入っていたと思いますが、本来は男女比が半々でないとおかしい。女性の権利の問題なのに、なぜ男性が決めるのか、そこに入り込むアクションをぜひ起こしてほしい」
「つい先日、前筑波大学産婦人科教授吉川先生の講演を2度ほど聞きましたら、とにかく日本は女性と子供を大事にしない国だ、と。バイアグラは半年で認可されたのに、なんでピルは40年認可されなかったんだ、とおっしゃっていました」
(坂根みち子院長)
これについては土屋氏も、
「検討会に女性がいない、という話ですが、私が取締役を務める株式会社エム・ティー・アイの『ルナルナ』は、全員女性で開発しています。IT企業も女性が主力になっています。ぜひ審議会や検討会にもぜひ女性を送り込んでいただきたいと思います」
と加勢しました。なお、女性を「送り込む」ことに異論はないものの、中村さん自身が今すべきこととなると、違う考え方もあるようです。医療ガバナンス研究所理事長で、ナビタスクリニックでも診療を行っている上昌広医師は、
「中村さんはまだ若いので、審議会や検討会のおじいさんたちに説明しに行く時間ももったいないです」
と指摘。
「例えば、福島での被ばく研究の第一人者となった坪倉正治・福島医大特任教授が、福島で医師として活動を始めたのが、29歳の時でした。私が彼の指導を始めたのが大学院生の時でしたが、政府に提案する暇があったら、現地を回りなさいと教えてきました。彼は被災地の家や学校、オフィスを一軒一軒回って放射能を調べました。そういうデータが一番強いんです。そして発信しなさいと。
(上昌広医師)
この国は民主主義社会なので、国民が合意形成したら動くんです。さっき音喜多さんも言っていましたね(こちら)。ダメなパターンは、合意形成もしないのに、有力者にタレコんでいくんです。日本の田舎はそんなことばっかりしてるんです。役人を読んで陳情するとか、政治家を呼んでお願いする、とか。そうではなくて、1軒1軒回るべきなんです。
目の前の人を納得させられなければ国は、国民は動かないんです。社会にはいろんな意見があるので。若いので、ぜひ1軒1軒回ってください。期待しています」
中村さんの積み重ねてきた地道な活動こそが、道を切り拓くのかもしれませんね。
【完】
※前編「予定外妊娠は61万件!」はこちら。