HPVワクチンについての議論が、再び盛り上がりの兆しを見せています。有効性や接種対象、接種回数について伺いました。
【まとめ】
☆積極的勧奨再開への動きも出てきたHPVワクチン、実際のところ有効性は?
☆日本が足踏みいている間に、世界的には男性も接種する流れに。その理由とは?
☆3回の接種にはお金も時間もかかります。でも、HPVワクチンで守れるのは、我が身だけでなく大切な人たちだから。
厚労省が定期接種の積極的勧奨差し控えを行って以来、1%未満にまで接種率が低下したHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチン。しかし、世界的には、「HPVワクチンの接種に躊躇はいらない」とされています。
HPVワクチンの効果と、接種回数について、ワクチンに詳しいレクタス株式会社・学術担当の蓮沼翔子さんにお話を伺いました。(レクタスは、組織や企業での集団予防接種や教育・プロモーションに関する事業を行っています。詳しくはこちら)
HPVワクチン、子宮頸がん予防の実力は? オーストラリアでは「撲滅」へ。
――すっかり接種率が下がってしまっているHPVワクチンですが、このところ積極的勧奨再開へ向けた動きも見られ始め、徐々に注目が高まりつつあるのを感じています。実際のところ、ワクチンの効果のほどはどうなのでしょうか?
そうですね。国が積極的勧奨を控えたままであり、「国が主導しないなら」と独自にHPVワクチンの接種推進活動を始める自治体も増えています。知っているところでは、静岡県、岡山県、千葉県、栃木県小山市などです。市民への公開講座や資料を作成して積極的に個別説明を実施するなど、それぞれ工夫されています。
HPVワクチンの有効性については、「がんを予防する」「がんをどのくらい予防できるのか」と問われますが、倫理的にがんを発症するまで対照をおいた試験を実施し、長期間観察することは困難です。そこで、がんになる前の段階に移行するかしないかで見ています。
それを踏まえると、実際、日本における研究でも、世界各国で実施された大規模な疫学研究からも、HPVワクチンの有効性が示されています。
例えば、新潟県で行われた、子宮頸がん検診を受けた20~22歳の女性2,073人を対象とした調査では、子宮頸がんを引き起こすHPV16型と18型に対するワクチンの有効性は93.9%と報告されています。
宮城県で行われた調査(20~24歳女性、6,462人)では、子宮頸がんの前がん病変発生率を、軽度64.9%、中程度では85.5%減少させたことが分かりました。
全国規模の調査(20~29歳女性、22,743人)でも、HPVワクチン接種を受けた女性は、未接種の女性と比べて、中程度以上の前がん病変リスクが69%低くなりました。
HPVワクチンの導入が日本よりも早かった世界各国からは、さらに大規模な調査によって、その有効性が続々と報告されています。
特に、国を挙げて対策に臨んでいるオーストラリアでは、子宮頸がんにかかる割合は2020年頃には希少がんと同等にまで減少し、これからの20年で子宮頸がんはほぼ撲滅できると見込まれています。
A:オーストラリア女性10万人あたりの子宮頸がんの年齢調整罹患率(10万人当たり6人が希少がんの基準、10万人当たり4人が撲滅の基準)
B:オーストラリア女性10万人あたりの子宮頸がんの年齢調整死亡率
●赤線は、現在の2本立てプログラムを継続した場合
●青線は、9価ワクチンのみで子宮頸がん検診を実施しなかった場合。
オーストラリアでは、子宮頸がん検診とHPVワクチン、2つのプログラムが並行して実施されています。検健診の受診率は女性の8割を超え、2007年に女児の定期接種(12-13歳、4価)が始まり、2009年までキャッチアップ接種(14-26歳)も行われていました。
さらに2013年には12-13歳の男女とも定期接種となり、男児へのキャッチアップ接種を行うなど、対象者を拡大しました。2016年の15歳の接種率は女児78.6%、男児72.9%で、男女同等の接種率です。2018年からは、9価ワクチンが使用されています。
徹底した取り組みが、着実に現在と未来の数字に反映されています。
先進国では男性へと接種対象が広がり始めています。肛門がん予防でも注目!
――オーストラリアでは、男性の接種も進んでいるのですね。世界的には男性も接種する方向にあるということですよね?
はい。先日ナビタスクリニック新宿院長の濱木先生もこちらのブログで解説されていましたが、将来的には、男性もHPVワクチンを接種することが、先進国などでは常識になりそうです。大きく2つの理由が挙げられます。
まず一つには、女性だけを対象としていたのでは、子宮頸がんの撲滅に非常に時間がかかってしまいます。
HPVは主に性行為によって感染します。つまり男性も感染者と性行為を行えば感染し、その男性感染者が感染していない女性と性行為を行うことで、その女性が感染する、といった図式が繰り返されていることになります。
HPVは一度感染すると、多くは自然に排除されますが、一部は感染が持続し、知らない間にがんの手前の状態に進行します。期間は、人にもよりますが、数年から10数年と言われています。そのため、男性も性交渉未経験のうちにHPVワクチンを接種することで、ウイルスの伝播を断ち切ることにつながります。
また、男性への接種が進んでいるもう一つの理由が、HPVが肛門がんや陰茎がん、中咽頭がん、さらに尖圭コンジローマなど、男性のがん・性感染症の原因にもなるため。
濱木先生が紹介していた肛門がんの発症率・死亡率の増加は、米国でも大きく報道されています。肛門がんの9割はHPVで防げるのですが、以下のような見方がされています。
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研究チームでは、1950年以来、性行為の変化や性的関係をもつパートナー数の増加など、肛門がんのリスク要因が大きく変化したことによって、HPV感染の確率が増えたことが肛門がんの急増につながったと推定。(中略)50歳以上の高齢者で肛門がんの症例が激増しているのは、HPVワクチンの対象範囲が極めて狭かったことに起因する可能性がある。
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(CNN.co.jp)
この記事の日本版にはないですが、英語のオリジナル版の記事では、米国ではHPVワクチンの定期接種は11-12歳男女、推奨範囲は今も26歳以下であるものの、45歳までの人は主治医に相談して接種を受けることも可能、としています。
こうして男児・男性へのHPVワクチン接種への関心はますます高まっており、数年前まで公費接種は米国とオーストラリアのわずか2カ国だったのが、現在ではワクチン公費導入国101カ国中、30カ国に上っているとの資料もあります。
日本が女児への接種さえ、事実上ふり出しに戻っている間に、世界では男児・男性への接種にまで関心が広がり、対応が進んでいるのです。
遅れても2・3回目接種を。パートナー、家族、子供の未来を守るため。
――接種にあたっては、HPVワクチンは3回接種が基本ですよね。時間や、自費なら費用も捻出しなければなりませんが、もしタイミングを逃してしまったらどうなるのでしょうか?
3回接種を受けることで、免疫が十分に成立すると考えられています。標準的には、初回から2カ月後に2回目、初回から半年以上空けて3回目を接種します。
ただし、万が一2・3回目のタイミングを外してしまっても、あきらめてそのままにせず、早めに時間を見つけて接種を受けることをお勧めします。臨床試験の他、米国の報告では2・3回目が最長4年遅れた人を含む集団でも、免疫の獲得に問題はありませんでした。
また、15歳未満に限っては、WHOは2回接種でよいとしています。成人よりもスムーズに免疫が獲得され、2回の接種で、15~26歳の人が3回接種したのと同等の免疫が獲得できたと報告されています。
ただしこれは、あくまで15歳未満の人の話。米国CDCの指針で言えば26歳までは接種対象であり、上記の通り45歳まで接種が検討されるべきとの議論もあります。その場合は、免疫を確実にするには3回接種が必須です。
ところが実際には、1回目の接種を受けた人でも、2・3回目を受けないままにしてしまう人も少なくないようです。1回接種して安心してしまうのか、油断して忘れてしまうのか、面倒なのか、あるいは時間や費用の問題かは分かりません。
ナビタスクリニック新宿の話も聞きましたが、やはり2回目を受けないままになってしまう人が多いようですね。1回目を受けた方のうち、3回目まで完遂する方は6~7割弱とのこと。逆に、2回目を受けた人は3回目も受ける傾向にあるようです。
せっかくお金と時間をかけて、一瞬とはいえ痛い思いをして予防接種をしたのに、結局十分な効果が期待できないまま終えるのはもったいないです。確実に3回接種していただきたいです。
先日、世界的ワクチンメーカーの社員さんと話す機会があったのですが、その方いわく「日本人は危機意識がない」と。医療へのアクセスが良く、誰でもすぐ受診して治してもらえる。質の高い医療を破格に安い自己負担で受けられる。そんな素晴らしい医療制度のおかげで、「自分の身を自分で守る」という意識が育っていない、という話になりました。
たしかにそうだと思います。
ましてHPVワクチンは、自分だけの身を守るものではありません。パートナーとなる人を守り、築いた家族の将来を守るものでもあります。10代のお子さんをお持ちの親御さんは、子どもたちの未来のために、今何を考え、どうすべきか。ぜひ心落ち着かせて、考えをめぐらせていただければと思います。