引き続き、山本佳奈医師へのインタビュー。女性内科で相談の多いテーマと、自身の医師としてのあり方について伺いました(後編)。
【まとめ】
☆『貧血大国・日本』という著書もある山本佳奈医師。貧血問題に取り組んだきっかけは? ナビタスクリニックにも多い貧血での受診者。
☆女性内科では、低用量ピル、アフターピル、HPVワクチン希望者が増加。ただしHPVワクチン希望者のほとんどは中国人女性。
☆「今の私に何ができるか」を常に考え、行動してきたし、行動していく。現場からの情報発信や診療データ分析もその一環。
貧血への危機感、きっかけは? ナビタスクリニックにも貧血相談の患者さんが絶えません。
――山本先生は、以前から貧血問題に取り組まれ、『貧血大国・日本』(光文社新書)という書籍も出されていますね。
(amazon)
はい、貧血に関心を持つようになった出来事は、いくつかありました。最初に貧血と自分が向き合ったのは、先にお話ししたように、私自身が高校生の時に摂食障害になった時でした(前編参照)。
極端に食べる量が少なくなっていたため、当然、鉄分も不足して貧血気味になっていました。でも、きちんと治療をする前の私には、いくら食べろと言われても、普通に食べることが難しかったのです。
摂食障害を克服した後も貧血傾向は続いていて、大学時代から何度も献血を試みては、お断りされてきました。通常の献血では女性でもヘモグロビン値が12g/dL必要です。WHOの貧血の基準と同じですが、かつては一般的には貧血の基準を11.5g/dLとしていることも多かったですし、今も倍の量を献血するなら12.5g/dL以上を求められます。
貧血のせいで献血すらできない、自分は役に立てないのか、と思ってしまいました。
また、母が子宮筋腫を患い、そのせいで貧血になってしまったこともありました。子宮筋腫は子宮にできる良性の腫瘍で、30代以上の女性では決して珍しい病気ではありません。ただ、出血が増えてしまうので、貧血に苦しむ人が多いのです。母もそうでした。
そして、もっとも衝撃的だったのは、妊婦さんの貧血が早産や低体重児出産につながるという事実です。米ハーバード大の研究で、妊娠初~中期に貧血だと、低出生体重のリスクが1.29 倍、早産リスクは1.21 倍になることが分かっています。
貧血の妊婦の割合は、先進国では平均18%程度なのに対し、日本では30~40%に上るとも。胎児の成長に鉄が特に重要なのは、妊娠6~10週頃とされますが、多くの場合、妊娠に気づくころには既に6週目くらいに入っています。つわりで鉄剤を受け付けない妊婦さんも少なくない上に、飲み始めてから効果が出るまでに最低1~2カ月、長ければ半年かかるため、妊娠が分かってからの貧血治療では間に合わないのです。
自分を含め、日頃から貧血にならないよう、若い女性の意識と食生活の改善が非常に重要だと痛感しました。
実際、ナビタスクリニックで診療を行っていると、必ず1日に2~3人は貧血相談の患者さんがいらっしゃいますね。それだけ身近な問題だと感じています。
女性内科で増えている、低用量ピル、アフターピル、HPVワクチンの希望者。
――女性内科では貧血のほかに、低用量ピルやアフターピル、そしてHPVワクチンに関する相談も増えているそうですね。
低用量ピルに関しては、私も使用していますし、多くの方におすすめしています。というのも、避妊薬としてのイメージが先行しているピルですが、実際には女性に嬉しい様々な効果があるんです。
ピル自体が、女性ホルモンですから、規則正しく服用することで、生理不順が解消しますし、生理痛や月経量の軽減が期待できます。月経量が減らせることから、貧血の患者さんにお勧めすることもあるんですよ。また、月経前症候群(PMS)の症状を軽くしてくれることは、助かる女性が多いと思います。
PMSは、月経前3〜10日間に、イライラや頭痛、腹痛、腰痛。眠気、倦怠感といった精神的・身体的症状が現れるもの。全女性の50〜80%が生理のたびに経験しているとも言われます。ピルを使えば女性ホルモンのバランスが整えられ、PMSを改善できるのです。
アフターピル(緊急避妊薬)に関しては、ナビタスクリニックでもオンライン診療を行いつつ、その必要性や安全性などの周知に努めてきました。市販化はとん挫したままですが、やはりニーズはあって、必要に迫られてご相談に来られる方は増えていますね。
また、HPVワクチンは、子宮頸がんを予防するワクチンとして、女子中高生では定期接種化されていて、無料で接種が受けられます。しかし、科学的とは言えない副反応リスクについての報道が先行し、人々の間に不安が広がり、政府も接種開始からわずか2カ月で積極的勧奨を中止しました。今では接種率は1%未満にまで低下しています。
(山本医師提供)
その一方で、ナビタスクリニックで個人輸入している「ガーダシル9」という、より多くのがん種をカバーできるHPVワクチンには、中国人留学生や旅行者からの接種希望が殺到している現実があります。
(山本医師提供)
海外では、HPVワクチンは女性だけでなく、男性も接種を受ける動きが広がっているくらいで、日本は完全に逆行してしまっているのです。
実は、こうしたHPVワクチンの現状については、灘高生への講演でも取り上げさせていただきました。やはり男子高校生の間での認知度はまだまだ低く、半数以上は「何それ、そんなものがあるんだ」というのが率直な反応でしたね。
ただ、医師を目指す生徒さんが多いと聞いていましたので、医療では医学的・科学的なテーマだけでなく、社会や人々と向き合い、問題を解決していかなければいけない側面もあることを知ってもらいたかったのです。
30歳の私に、何ができるのか。現場のリアルを発信し、共有し、より良い医療・社会につなげたい。
――最後に、ご自身の医師としてのこれからの展望について、考えをお聞かせください。
私がこれまで常に考えてきて、これからも意識していきたいのは、「今の私に何ができるか」ということです。
医師として5年目、一貫してこだわっているのは、臨床の現場に立ち続けることです。福島の地域医療と東京のナビタスクリニック、両極端ともいえる環境で、様々な患者さんと向き合ってきました。日々の診療の中では、患者さんや症例から学ぶことばかりで、それが私にとっての大事な糧であり、少しずつ自信になっていると思います。
一方で、私には扱いきれない、難しい症例に出会うこともあります。高い専門性を要求されれば、門外漢の私には語れることはありません。でも、それでいい。私が少しかじったような知識で何を語っても仕方がない。その代わり、どの分野のどんな先生にバトンを渡せばいいか、その見極めが的確にできたら、と思っています。
そうやって、30歳の私に何ができるのか。自問自答しながら、目の前の患者さんや症例に全力投球する毎日なんです。
さらに、現場からの情報発信も、「今の私にできること」として取り組んできたことの1つです。
(TokyoMX「田村淳の訊きたい放題!」2019年2月23日)
一般論や実験室で組み立てられた理論ではなく、リアルな医療現場の今を、一人でも多くの方、今と未来の患者さんに伝えたい。目の前で起きている問題を、診療室にとどめて終わりにせず、外へ向かって明らかにし、共有し、改善につなげたいんです。
今いる東大博士課程も、その延長上にあります。ナビタスクリニックの診療データを分析し、現場で実際に起きている問題や人々の医療ニーズを、いっそう浮き彫りにしたいと考えています。そうやって今の自分にできることを追求しつつ、それが世の中を少しでも良い方向に変える活動につながれば、本望です。
【完】
山本佳奈(やまもと・かな)
1989年生まれ、滋賀県出身。2015年、滋賀医科大学医学部医学科卒業。ときわ会常磐病院(福島県いわき市)・ナビタスクリニック(立川・新宿)内科医、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員、東京大学大学院医学系研究科博士課程在学中、ロート製薬健康推進アドバイザー。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)