性交渉の翌朝飲めば、望まない妊娠を回避できる緊急避妊(アフターピル)。
将来の妊娠に影響せず、また妊娠していても胎児への影響もありません。
世界保健機関(WHO)も「服用できない医学上の病態はなく、服用できない年齢もない」と安全性を明言しているにもかかわらず、日本では昨年、市販薬化が見送られました。判断は妥当だったのでしょうか?
(前編はこちら)
実際の処方時にはこんな説明をします。
アフターピルで一番重要なことは、なるべく早いうちに服用することです。アフターピルは性交渉後72時間以内に服用しなければなりません(個人輸入している未承認薬では5日間以内)。
そのためナビタスクリニックでは、アフターピルを院内に2種類常備して、すぐ処方できるようにしています。その時に私が確認・説明することは、主に以下の8点です。
① 普段の月経の様子
② 普段の避妊法
③ 月経が予定日より1週間以上遅れたら妊娠の可能性があるので検査が必要
④ 普段から低用量ピルを服用することで妊娠を避けられる
⑤ ピルを常用しても感染症予防にはコンドーム使用が望ましい
⑥ クラミジア感染により不妊になることがあるので、定期的に検査すべき
⑦ 子宮頸がんについて、検診を受けること、予防にはHPVワクチンが効果的
⑧ 体のことで不安なことがあったら、いつでも受診して構わない
②の普段の避妊法については、次に失敗しないためのアドバイスとして説明しますが、省略しても構いません。③の月経不順の方では、念のため妊娠検査をしてからアフターピルを処方するので、そのような方はやはり医療機関での診察が必要かもしれません。
ただ、それ以外の項目は、医師でなければ説明できないことでしょうか?
④〜⑧の内容は、アフターピルを求めて受診した場で医師が説明するまでもなく、男女とも性教育の中で普段から身につけておくべき知識であり、社会常識として共有されるべきものです。言い換えれば、④~⑧の内容を、アフターピルの市販薬化に反対する理由として挙げることは、的確とは言えません。
どんな薬にも副作用はある。市販化される薬とは?
そもそも、薬とは効果もあれば副作用もあるものです。何らかの治療に薬を用いる場合、薬によるメリットが、副作用のデメリットを上回るなら用います。医師の仕事は、薬を使うのか使わないのか、どの薬を使うのか、といったことも含め、患者さんの状態に合わせた治療法を見極めることです。
市販薬はそのプロセスを省略し、一般の方々が薬局で、薬剤師のアドバイスを受けながら、購入することを認められた薬です。例えば、鎮痛剤のロキソニンや、胃薬のガスターなど、長年広く使われてきた薬のなかで、使用頻度が高く、かつ安全性が高いと考えられるものが市販化されています。
また、前もって処方しておくことを認められている薬もあります。医師の診察を待っていては手遅れになる疾患や症状の場合です。例えば、アナフィラキシーというアレルギーの強い症状が出たことのある患者さんに対しては、アドレナリン注射を前もって渡しておき、症状が出た時には本人の判断で注射してもらいます。もちろん判断の仕方はきちんと説明しますが、原則は「迷ったら使え」です。薬剤の害が少なく、薬剤を使わなかった時のダメージが甚大だからです。
以上を前提として、アフターピルはどう考えれば良いでしょうか?
単に「ゴムが破れた」「雰囲気で付けずにしてしまった」というだけの場合も、医師の診察は必要でしょうか? 緊急性という観点からアナフィラキシーと同様に考えれば、前もって処方しておいても良いくらいです。金曜日に性交渉を持ったとしたら、月曜日には服用しなければ間に合いません。月曜日が祝日のことは多いですし、お正月やゴールデンウィークはどうなるでしょうか? 診療所のほとんどはカレンダー通りの診療スケジュールです。
服用のリスクとして、一過性の頭痛や吐き気、不正出血が報告されていますが、いずれも重大なものではありません。一方、服用しないリスクは望まない妊娠です(もちろん全員が妊娠する訳ではありませんが)。安全性が高い上に、メリットとデメリット、どちらが大きいかも一目瞭然でしょう。
高い産婦人科受診のハードル。事情は様々。やがてはネット販売も必要。
別の問題もあります。地方では産婦人科を標榜する医療機関は多くありませんから、皆がそこを利用します。すると、友達が働いている、知り合いが受診している、お医者さんが同級生のお父さんだったりする、といったこともめずらしくありません。医師がいくら守秘義務を守っても、プライバシーが完全に保護されない環境があるのです。
また、セックスをすることは人の営みの一部なので、アフターピルを利用する必要は誰にでも生じ得ることです。しかし残念ながら、アフターピルをもらいに受診することは、まだ後ろめたい感じが伴うようです。中には追い討ちをかけるかのように説教する医師すらいます。
こうして、「望んだ妊娠以外で産婦人科に行くこと」自体、極めてハードルが高い、という現状があります。
日々診療を行っていても、実に様々な人がアフターピルを求めて受診します。その事情も人それぞれです。意外かもしれませんが、既婚女性もいます。子供を授かりたいと願う夫婦がいる一方、経済的な事情や年齢的な問題から、「もうこれ以上子供は持てない」などと妊娠・出産を望まない夫婦もいるのです。
アフターピルの入手可能性を広めることに反対することは、科学的には非合理な態度です。必要時にすぐ飲めるよう、男女とも家の救急箱に常備しておいても良いくらいです。一日も早くアフターピルが市販薬化され、やがてネット販売されることを願っています。
ちなみに、ナビタスクリニックでは、アフターピルの処方に高校生料金をご用意しています。「そんなことをすれば、高校生の性の乱れを助長する」というご批判には及びません。アフターピルを緊急に必要とする人は、たとえ高校生であっても、通常料金でも処方を求めるからです。むしろ、性的活動性が高まる高校生に対しては、性交渉について実践的な知識を共有し、各人の主体的な判断・行動を促す性教育こそ重要と考えています。
(医療法人鉄医会ナビタスクリニック理事長 久住英二)