産婦人科医・川原麻美医師に聞く最終回、患者さんからも関心の高いホルモン補充療法(HRT)について掘り下げました。(インタビュー後編)
【まとめ】
☆ホルモン補充療法(HRT)の効果は、ホットフラッシュだけじゃない。骨粗しょう症、動脈硬化、脂質異常、不眠の改善から、美肌まで!
☆乳がんになりやすい?リスクはほとんど上昇しません。過剰な不安視はどこから出てきたの?
☆ホルモン製剤は飲み薬だけでなく貼り薬、塗り薬も。自分に合った投与法を医師と相談しながら見つけていきましょう。
※前編「もしかして更年期障害?――症状は人それぞれ。心と体の変化に焦らず向き合って。」はこちら。
※中編「薬による治療は大きく3種類――ホルモン補充療法(HRT)、漢方薬、向精神薬」はこちら。
実はメリットがたくさん!骨粗鬆症予防、美肌から、人に言いづらいお悩み改善まで。
――ホルモン補充療法(HRT)についてもう少し詳しく教えてください。効果は、ホットフラッシュや発汗、ほてり、のぼせなどの改善、ということでしたね?
川原 はい。確かにメインは血管拡張など自律神経系の不調の改善ですが、実はそれだけじゃなんですよ。
女性は閉経後、エストロゲンの低下から骨粗しょう症のリスクが急上昇します。HRTにはその予防効果もあります。
同じ原因で、泌尿器や生殖器の粘膜が萎縮したり乾燥したりしがちなため、萎縮性腟炎や膀胱炎、性交痛も起きやすくなりますが、その改善も期待できます。
――骨粗しょう症は将来、寝たきりにつながる深刻な問題ですし、排泄や性の悩みは相談しにくいことも多いですが、いっぺんに解決できるんですね。
川原 もっとありますよ。悪玉コレステロールを減らして善玉コレステロールを増やし、脂質異常を改善します。また、血管の内側の壁に働きかけて、心血管疾患につながる動脈硬化を予防する効果もあります。
不眠を改善し、コラーゲンを増やして肌のハリや潤いをアップさせることなども、分かってきました。
――それは嬉しいですね。もし70歳までHRTを続けたら健康寿命が延びそうです。(笑)
川原 その可能性はあるかもしれません。以前担当したことのある方は、60歳近くでHRTを続けていましたが、とてもお元気でした。大学病院などでも長期間投与している施設はあるようです。
HRTで乳がん!? 実際には低リスク。過剰な不安視のきっかけは?
川原 ただ、後でご説明する「エストロゲン・黄体ホルモン併用療法」を閉経後も10年、15年と続けた時のメリット・デメリットは、明らかになっていません。それだけ長く続ける人がまだ少ないせいもありますが。
というのも、閉経後に5年以上続けることで、乳がんリスクがごくわずかに(1.2~1.4倍)上昇するとされています。ただしそれも、出産経験のない女性(1.56倍)よりも低いんですけどね。
(久光製薬)
――飲酒や喫煙によるがんリスクよりも低いですよね。
川原 ええ。遺伝や高齢出産など他の乳がんリスク因子と比べれば、ほとんど上がらないと言えますね。しかもやめればまたリスクは完全に下がりますし、閉経後にHRTを始めるまで間をおくとリスクが上がらない、という報告もあります。
子宮摘出された方を中心とした「エストロゲン単独療法」(後述)については、がんの心配はありません。
――その割に、乳がんリスクの話は独り歩きしているように見えますが。
川原 発端は、1990年代から米国で行われた大規模研究です。2002年の中間報告で、HRTは乳がんリスクがあるとされたんです。
しかし、日本女性医学学会では報告直後から、日本の更年期女性には全く該当しないと指摘していました。そしてその後、研究対象となった女性は更年期より高齢で、肥満がち、高血圧や喫煙経験者が多いなど、偏りがあったことも分かりました。
ところが、日本では拡がった不安が十分に払しょくされず、HRTも減少したまま、今日までほとんど普及が進んでいません。
――そうだったんですね。副作用や、起きる心配のほとんどないがんを怖がって、辛い日々が5年も続くのを我慢するのは、ちょっともったいないですね。
(久光製薬)
川原 そうなんです。HRTは、今は症状緩和を目的に行われていることがほとんどですが、メリットが副作用やリスクを大きく上回ることが明らかになってきて、ますます注目されています。
閉経後に症状がなくてもしばらく続けた方がいい、という考え方も高まってきています。欧米で普及しているのもそのためでしょう。
いずれにしても、60歳までならこれといったリスクもありません。それ以降は全身状態のバランス、つまり肥満の有無や血圧などを見ながら、継続するか相談していけばよいですし。
まずはメリットをもっと知っていただきたいですね。
一人ひとりにあった治療を、適宜相談しながら選んでいきます。
――HRTは、具体的にどのように進めるのでしょうか?
川原 毎日少量ずつ、一定量のエストロゲン製剤を補うのが基本です。ただ、エストロゲン製剤だけを使うと、子宮内膜増殖症のリスクが上昇します。そこで子宮のある方は、同時に黄体ホルモンを使うことで、そのリスクは大幅に抑えられます(エストロゲン・黄体ホルモン併用療法)。
一方、手術で子宮を摘出したような場合には、黄体ホルモンを併用する必要はありません(エストロゲン単独療法)。
――どれくらいの年月行うものなんでしょうか?
川原 やはり、だいたい5年をめどと考えてください。更年期は約10年続きますが、そのうち本当に辛いのは数年なんです。
――5年間となると、規則正しくきちんと薬を続けるのも大変そうですね。
川原 HRTで使うホルモン製剤には、飲み薬(錠剤)の他、貼り薬(テープ)、塗り薬など、色々なタイプがあります。
テープや塗り薬は、飲み薬より胃腸や肝臓への負担は少ないので、使いやすいですね。ただし、かゆみやかぶれ、色素沈着などの皮膚症状が出ることがあるので、どれがいいかは人それぞれです。
また、薬の投与法にも、周期投与(間欠法)と連続投与(持続法)といったやり方があります。ご本人とよく話し合いながら、一人ひとりに最適な治療法を選び、続けやすいよう工夫しています。
――周期投与と連続投与について教えてください。
川原 違いは表のように、飲まない期間を入れるかどうかです。
効果に大きな違いはありませんが、周期投与だと、黄体ホルモン服用後に月経に似た出血があります。一方、連続投与だと少量の不正出血が不規則に起きやすいようです。ただ、その場合の不正出血は半年ぐらいでなくなる人が多いです。
閉経前からHRTを導入する場合は、周期投与が多いですね。月経がまだあるように感じる方がいいと考える患者さんが多いからです。一方、閉経後の方はまた毎月出血があるのは煩わしいと、連続投与を選ばれる方も多いです。
――なるほど。HRTをやめる際は、徐々に薬の量を減らすのでしょうか?
川原 そういうやり方もあります。ただ、中途半端な使い方をすると不正出血を起こしやすいので、すっぱりやめることの方が多いです。
――とてもセンシティブなのですね。でも、突然やめて、また更年期症状が出てしまわないですか?
川原 ご指摘のように、「また症状が出たら怖いからやめられない」とおっしゃる患者さんもおられます。実際、そこは難しいところです。
最初から症状なくやめられる方ももちろん多いんです。低用量ピルの常用に比べると投与量自体がそれほど多くないので、問題が起きにくいのだと思います。
一方で、症状が出て再開する方もいれば、だんだん身体が慣れていく方もいます。個人差が大きいんです。ちょっとでも気になることがあったら、ぜひ医師に相談してみてください。薬を調整したり、様子を見たり、一緒に考えてもらえると思いますよ。
――お話を聞いて、漠然とした不安も解消されました。ありがとうございました。
川原 更年期障害かどうか、あるいは、どんな治療の進め方が自分に合っているか、といったことは、自分だけでは判断が難しいものです。ひとり悩むより、まずは受診してご相談くださいね。
【完】
川原麻美(かわはら・まみ)
2009年、京都府立医科大学卒業。綾部市立病院、船橋市立医療センターを経て2014年、亀田総合病院産婦人科。2016年より同院不妊生殖科医員。2019年4月よりナビタスクリニック新宿女性内科でも診療開始。(所属学会:日本産科婦人科学会、日本産科婦人科内視鏡学会、日本生殖医学会)