今回の対談ゲストは、胃がん撲滅を目指し、採血だけでピロリ菌チェックができる「胃がんリスク検診」「中2ピロリ菌検診」の普及に努める水野靖大医師です。
【まとめ】
☆採血でピロリ菌感染の有無と胃炎の状態を検査する「胃がんリスク検診」。体への負担が軽く、胃がん予防と早期発見の促進に期待。
☆実際、2012年から公費健診に導入した横須賀市では、受検者数は約4倍、胃がん発見率は全国の3倍に!
☆費用対効果も絶大。無駄な胃カメラ検査がなくなり、受検者の負担減、医療側のマンパワーも適正配置が可能に。
※中編「【Dr.久住対談】ピロリ菌感染症認定医・外科専門医 水野靖大医師 ~ピロリ菌検診を中学2年に導入すべき理由」はこちら。
※後編「【Dr.久住対談】ピロリ菌感染症認定医・外科専門医 水野靖大医師 ~従来の検診側からの異論は? 除菌率95%の決め手は胃薬?!」はこちら。
採血だけでOK! 胃がんリスク検診導入で受検者数は4倍に。
久住 水野医師は、マールクリニック横須賀の院長として診療にあたる傍ら、横須賀市公衆衛生担当理事として中学2年生全員への「ピロリ菌検診」導入にも尽力されているそうですね。
まず、数年前から横須賀市で成人の健診に導入されているという、「胃がんリスク検診」について、ざっと教えてください。
水野 胃がんリスク検診は、採血でピロリ菌感染の有無と胃炎の状態を検査するものです。日本人の胃がんの99%はピロリ菌という細菌の感染から起きることが分かっているので、予防と早期発見につながります。
具体的には、血液検査で以下のB〜D群と診断された人のみ、胃カメラ(胃内視鏡)検査とピロリ菌の除菌(D群を除く)を行います。
検査結果によるA〜D群の分類
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胃がんリスク検診の流れ

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久住 血液検査だけで済むのは、従来のバリウム検査と比べて圧倒的に手軽ですね。
水野 はい。横須賀市では、2012年度から公費健診に、従来の胃がん検診に替えて胃がんリスク検診を導入しました。胃がんリスク検診が始まってからの5年間と、それ以前を比べると、受検者数は4倍くらいに増加しました。
(MRIC)
胃がんリスク検診の受検率が導入後に下がっているのは、システム上、最低5年間は再受検ができないため。
久住 それはすごいですね。
胃がん発見率は全国の3倍!費用対効果も絶大。医療側のマンパワーも適正配置が可能に。
水野 しかも、血液検査の結果から高リスクの人に絞って胃カメラ検査を行うため、胃がん発見率は全国平均の約3倍になりました。バリウム検査の頃は、横須賀市の健診で胃がんが見つかるのは年間数人だったのが、胃がんリスク検診を導入した2012年には108人となっています。しかも胃カメラで見つかったがんの7~8割が、早期がんなのです。
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久住 バリウムでは早期胃がんは見つからないですしね。早期に見つかれば患者さんにとっても負担が小さく済みますね。
水野 そうなんです。早期がんであれば、胃を切ることなく、胃カメラで粘膜だけ切除することもできますが、早期に見つけるためには胃カメラ検診が必要です。でも、体にも財布にも負担ですから、最初から胃カメラを選ぶ人は多くはありません。
そこで、採血だけでできる胃がんリスク検査で胃がんリスクを層別化します。その結果、高リスクですよと言われれば、スムーズに胃カメラ検査に誘導することができるんです。
しかも、高リスクの人に限って胃カメラ検査を行うので、医療経済的にも無駄がありません。
久住 従来のバリウムを基本とした胃がん検診と比べて、胃がんリスク検診の導入によって、自治体の負担する費用に変化はあったのでしょうか?
水野 費用はめちゃくちゃ安くなりましたね。基本まずは採血だけで済みますから。その割に胃がんの発見数も増えたので、コストパフォーマンスも非常にいいです。
久住 そもそも早期胃がんは平坦で、バリウムでは影として映らないため発見できませんよね。
水野 そうなんです。かと言って全員に胃カメラをやるのは現実的でないし、医療側のマンパワーが無駄に割かれます。実際、血液検査では半分くらいがA群、つまりピロリ菌がいないと診断されます。A群はほぼ胃がんは見つからないので、対策型検診として胃カメラをやる意味はありません。
久住 胃がんリスク検診なら、直接的な医療費抑制に加え、適正な医療人材配置にもつながる、ということですね。
胃カメラ検査をピロリ除菌より先に行うのは、「わざと」。
久住 ただ、ピロリ菌が見つかったとして、除菌の前に必ず胃カメラ(内視鏡検査)をやらないと、保険適用されませんね。この順序にはどういう理由があるのでしょうか?
水野 いい質問ですね。実はそれは、わざとそうしてあるんです。というのも、ピロリ菌感染が指摘された人の1~2%は無症状でも胃がんが見つかるんです。ところが、除菌だけでも保険適用を認めてしまうと、きっともう安心してわざわざ胃カメラをやらなくなってしまう。
久住 まあ、そうでしょうね。
水野 その陰で1~2%、見逃されたがんが育ってしまうのは問題です。ですからそれを防ぐために、胃カメラでがんが現在ないことが確認された上で、保険でのピロリ除菌を認める、という縛りを掛けたのです。
実際、胃炎~胃カメラ~ピロリ除菌を保険収載した年から、胃がん死亡数が減り始めています。ただ、除菌のおかげでがんが減るには早すぎる。ですからこの減少は、除菌前の胃カメラでがんが見つかって早期治療できたからだろう、と考えられます。
久住 なるほど。ただ、胃カメラは辛いですからね。仕事の都合がつかないと、自費で除菌だけされる方も実際にはいらっしゃいます。もっと負担なく胃がんが見つけられればよいのですが。
カプセル内視鏡でちゃんとがんが見つかるかというと、それもまだ難しいでしょうし。リキッドバイオプシー※が発達したとしても、内視鏡で粘膜切除ができるくらいの浅い、早期胃がんでは、血液検査でがんを見つけられるとも思えません。
※血液などの体液サンプルを使って診断や治療効果予測を行う技術。
水野 そうなんです。ですから本当は、胃カメラ検査が必要になる手前でピロリ除菌を行うのが一番いい。
久住 そんな方法があるんですか。今しがた、胃がんの可能性を残さないために「わざと」胃カメラ検査を除菌前に行う、と仰っていたばかりのに。
水野 それが、横須賀市で導入を始めた中学2年生への「ピロリ菌検診」です。
――中編へつづく。
水野靖大(みずの・やすひろ)
マールクリニック横須賀院長。1997年、京都大学医学部卒業。京都大学医学部附属病院、北野病院、日赤和歌山医療センター、東京大学医科学研究所附属病院などに勤務。腹部外科医として患者さんの全身管理、救急の現場に従事。2012年、マールクリニック横須賀開院。横須賀市公衆衛生担当理事。日本外科学会外科専門医、日本ヘリコバクター学会 ピロリ菌感染症認定医、日本旅行医学会 旅行医学認定医。
久住英二(くすみ・えいじ)